治療が行き詰ったとき
残念ながらベストを尽くしても、治療がうまくいかないときがあります。治療者と患者さんの協力関係がしっかりしていれば、何か打開策を見いだせることがほとんどですが、行き詰りは多くの場合、治療関係がうまくいってないことを意味します。そんなときに、当院で行っていることを紹介します。
1.まずは現在の状況の確認
残念ながら治療は行き詰っており、私が患者さんの力になることができていないと思うことを患者さんに率直に伝えます。同時に、その責任の多くは私にあること、何とか今の状況を打開したいと願っていることも言葉で伝えます。その一方で、患者さんが何について困っていて、どの点で私の助力を必要としているかについて私の中で明確ではなくなっていることを伝えます。表面的には「つらい」「眠れない」「対人関係がうまくいかない」などの訴えはもちろん分かっていますが、より具体的に、その解決のためにどのような課題を設定して、どんな方法で対処していけばいいのかがあいまいなのだと。これでは、診察のたびに、「つらい」「苦しい」「うまく行ってない」ということはお聞きできても、それらを解決していく話ができず、毎回の診察が一連の「シリーズ」ではなく、その場その場の「バラバラ」になって、治療効率が上がらなくなっているのだと説明します。
2.状況打開のために必要なこと
一般的に患者さんは多くの難しい問題を抱えていますが、問題を整理して、細分化し、取りかかりやすくすることが有用です。例えば、私の患者さんで、うつ気分を改善したいという訴えの方がいましたが、彼女の気分を改善させるために私たちが最初に取り組んだことは「できなくなっていた家事を少しずつ再開する」「運動習慣を作る」ということでした。どんな家事をどのくらい再開してみるか、どんな運動を何時にどのくらいやってみるか、ということを相談して具体的で分かりやすい目標を立てて、実行してもらい、次の診察で進捗を報告してもらいました。こうすることで、患者さんは取り組むべき課題がはっきりとして、何が出来たか・出来なかったが明確になるので、達成感を持ちやすいし、次に解決すべき問題もはっきりするのです。結局、この患者さんは抗うつ薬を使わずに気分の改善に成功しています。もちろん、すべての患者さんがこのケースのように簡単にいくわけではありませんが、具体的で実現可能な目標を設定し、そのやり方をはっきりさせることは治療の成否を左右する大切な要素です。このようなことを丁寧に説明したうえで、「治療目標」を共有したい旨を伝えます。それは漠然と「とにかくよくなりたい」のようなものではなく、今現在困っていることをどのように解決したいのかという治療上の具体的なニーズのことなのです。
例えば、気分を安定させるという「大きな目標」のためには、より具体的な「小さな目標」を一つずつクリアすることが必要です。いろいろな患者さんたちとやってきたことを参考に列挙してみます。
・規則正しい、生活リズムを確立する。
・アルコールをコントロールする。
・家族に対して本当の気持ちを伝える。
・運動習慣を作る。
・職場でのコミュニケーションを変えてみる。
・自分の考え方のクセを修正する。
・感情のコントロール法を学ぶ。
・自分が本当にやりたい仕事に転職する。
・忙しい中でも必ず、自分のためだけの時間を作る。
・イラっとしたときの行動を変えてみる。
・医師の指示に従って薬物療法をやってみる。
・仕事中心の働き方を変えて、余暇活動を増やしてみる。
・自分から友達を誘ってみる。
・職場のランチに無理に付き合うことを止めて、一人で食べてみる。
「大きな目標」を実現するために、それを細分化して、具体的な課題とし、実行可能なものから手を付けていくということです。
次回へ続く