パニック障害治療の詳細
パニック障害は、有名人がカミングアウトしたり新聞やテレビでも取り上げられることが多い病気です。動機・息苦しさ・胸痛・発汗・体の震え・痺れ・嘔気・嘔吐などの身体症状や「死んでしまうのではないか」「気が狂ってしまうのではないか」といった激しい恐怖感を伴う“パニック発作”と呼ばれる強い不安発作がくりかえし起きます。パニック発作には強い不安を伴うため、救急車を呼んだり、あわてて近くの病院を受診する人も少なくありません。しかし、一般的には病院に着いた時には発作は治まっていることが多く、心電図などの検査、医師の診察を受けても体に悪いところは見つかりません。
[パニック発作]
原因となるような病気や体の異常がないにもかかわらず、突然、以下のような症状が同時に4つ以上発現し、それらが10分以内に頂点に達するのが「パニック発作」です。
心臓がドキドキする。
息切れがしたり、息苦しくなる。
めまいやふらつきがあり、気が遠くなる感じがする。
汗がでる。
震えが止まらない。
窒息するような感じがする。
胸が痛くなったり、胸に不快感がある。
吐き気がしたり、おなかに不快感がある。
現実でない感じ、または自分が自分でないような感じがする。
自分をコントロールできなくなるのではないか、または気が変になってしまうのではないかという恐怖感がある。
死んでしまうのではないかという恐怖感に襲われる。
感覚がマヒしたり、うずく感じがする。 寒気、または、ほてるような感じがする。
一度でもパニック発作を経験すると、その発作があまりに怖かったため、大脳辺縁系という本能的な感情を司る部位に、その恐怖体験の記憶が刻み込まれます。この記憶は、例え本人がその体験を、一見忘れているような、意識してない間も消えることはありません。そして、また同じ発作が起こるのではないか、という不安が起こるようになります。これを予期不安と呼びます。予期不安は、電車に乗るとか、車で高速道路にのるなど、過去にパニック発作の起こったのと似た状況でおこり、予期不安が起こるとそれだけでパニック発作の症状が出てくるようになってしまいます。つまり、発作に対する不安が引き金となり、実際に発作が起こってしまうわけです。また、パニック発作に襲われた場合のことを考えて、一人で外出するのが怖くなったり、電車などの乗り物が怖いとか、渋滞する道路や高速道路での運転ができなくなったり、歯医者や美容院で座っていなければならない状況を恐れたりするようになります。
現在、世界的に効果が確認され推奨されている治療は認知行動療法(CBT)と薬物療法です。ただし、薬物療法単独では限界があり、CBTを主体として薬物を補助的に使い、次第に薬物を中止していくことが大切です。CBTは、症状や問題を患者さんとともに整理し再検討しつつ、行動・身体・思考・環境の4つの側面にアプローチするようなさまざまな方法を試みていくことで、患者さんが症状や問題を解決していく手助けをする治療法です。具体的には、パニック障害の症状発生のメカニズムについて理解し、その対処法を知る。体や心の緊張をほぐし、リラックスする方法を修得する。不安のため恐れ避けている場面や状況をリスト・アップし、不安の強さを1-10で評価した表(不安階層表)を作成し、この表に従って、容易な段階から困難な段階へと、少しずつ実際場面に出て行く練習をする(暴露療法と言います)、などを行います。練習はホーム・ワークとして家庭でも実践することが重要です。
パニック障害を理解する上で重要なポイント
①パニック障害の本体は交感神経の興奮症状+破局的認知による強い恐怖感です。
不安や恐怖にともない、自律神経が興奮(正確にいえば交感神経と副交感神経により成り立つ自律神経系において、交感神経優位の状態になる)するのは誰にでも備わっている生体反応なのです。人間は恐怖を感じると瞬間的に体をこわばらせ、交感神経の働きにより通常の発汗を抑え、逆に手掌などの発汗は促進され、腸管の動きを止め、末梢の血管を狭め、呼吸数・心拍数をあげるなどの反応をおこします。これは恐怖対象に対してのスタンバイをした状態であるといえます。こうした際の反応として、自律神経の働きは生体防御上とても重要なものであるといえます。
つまり、自律神経の興奮は本来備わっているべきもので、これ自体は特に病的なものと考えなくて良いのです。ただし、パニック障害で発作を繰り返すと、交感神経が興奮しやすくなったり、反応が過剰になるので、異常に感じられるのです。このようにパニック発作の身体症状自体は、「基本的には無害」という理解は重要です。例えば、あわや交通事故に遭いそうになったり、重要な試験の結果の発表の前や舞台のそでで出番を待っているときなどに、心臓がドキドキして息苦しくなるように感じることは誰しも経験することです。このような時ドキドキしても誰も病気とは思いません。しかし、何かのきっかけで、このような理由がないのに急に心臓がドキドキしたら、この基本的には無害な交感神経の興奮症状を、「何か致命的なことが起こっている」と思い込むかも知れません(破局的認知)。その場合、不安・恐怖は倍増し、そのためにますます交感神経が興奮し、身体症状は激しくなります。するとますます不安になり、それがまた・・・という悪循環に陥るのです。
②病気の原因を詮索することは無意味、時に有害。
自律神経は体中に分布し、各臓器の働きを調整しています。したがって自律神経の不調によりおこってくる問題は、一見各臓器の問題のように思えるのですが、実際は異なります。心臓や肺に問題があるのではなく、それらの機能バランスに問題を生じているだけなのです。それでは、なぜ自律神経が不安定になるのでしょうか?これには、脳内の青斑核という場所の過剰興奮が原因の一つとして指摘されていますが、確定はされていません。セロトニン神経系が関わっているのは確実なようですが、それがそもそもの原因かは不明です。実際にはただ一つの原因ではなくさまざまな要因が重なっているのだと推定されています。この病気の原因は「心が弱いから」ではなく、同時に「心臓が悪いから」でもないのです。ちょっと考えると、病気の治療は原因がはっきりしているほうが確実な気がします。しかし実際には原因が特定されていなくても治療可能な疾患は数多くあり、パニック障害もその一つです。心でも心臓でも、一つの原因にこだわるのはむしろ有害です。
症状が維持されているメカニズムとして、2つの悪循環を理解する。
③そもそもの原因が何であれ、パニック障害の病態の本質は2つの悪循環から構成されます。
一つはすでに説明した症状レベルの悪循環です。もう一つは生活レベルでの悪循環です。これはパニック発作という症状にとらわれ、病気を恐れるあまり、外出を避けたり、楽しみを失い、生活の大部分を病気に支配されてしまうことです。すると、例えば朝起きると、必ず体の状態を常にチェックするようになったり、些細な不調にも敏感になり、強く感じるようになります。2次的にうつ状態になる方も多いです。それにより、ますます「具合が悪い」と思い込み、行動や活動が制限されてしまうのです。
④パニック障害で死ぬことはありません。
この障害により死にいたることはありません。
パニック障害の治療のポイント
[体質改善・環境調整]
どんな病気の治療でも、基本的な体力が重要です。病歴が長い患者さんの中には、生活リズムが不規則で食事のバランスも崩れている方が多いようです。また不安や不眠のため習慣的に飲酒している方も少なくありません。しかし、本気で良くなりたいなら生活リズムと食事習慣を改善することは大切な土台です。土台がしっかりしてない治療はうまくいきません。アルコールは目先の効果は確かにありますが、最終的には、抑うつ・不安・不眠を悪くすることが証明されているので、治療中は断酒が必要です。生活リズムの改善には1~2ヶ月かかりますから根気が要りますが、避けては通れません。少しずつでも構わないので実行してください。難しい点は、あきらめる前に医師と相談して、やり方を工夫しましょう。完璧主義から失敗することもあります。
不眠があっても起床時間を一定にする。朝食は必ずとる。
牛乳一杯でもいいからお腹に入れること。
午前中に外の光を30分は浴びること。
昼寝はしない。
トリプトファンを含む肉や魚介類、卵、大豆製品をとること。
腹式呼吸訓練5分間を一日3回やること。
できる範囲で散歩程度の運動をすること。
酒はやめる。やめられないときは医師と相談する。
たばこ、コーヒーも発作を誘発するので、控えること。
[薬物療法]
これまで三環系抗うつ薬や抗不安薬というくすりがパニック障害の治療に使用されてきました。これらの薬剤はパニック障害に有効ですが、それぞれに欠点があります。三環系抗うつ薬は便秘、口渇(のどが乾く)、排尿困難(尿が出づらくなる)、眠気、立ちくらみなどの副作用が少なくありません。抗不安薬は漫然と使い続けると習慣性・依存性の問題が指摘されています。最近では、比較的副作用の少ないSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という新しい抗うつ薬が治療の主流になりつつあります。ただし、どんな薬を使うにしても、その狙いは薬による完治ではありません。いったん症状を軽くして、CBTをやりやすくするということにつきます。
[認知行動療法]
認知行動療法(CBT)は簡単に言えば、患者さんのパニック発作に対する考え方を変え、パニック発作にうまく対処することができるようにし、不安を感じてしまう状況に徐々に馴れるようにすることです。CBTでは、常に明確な目標に向かって医師と患者さんが共同作業を行います。一定の期間の後、治療の効果を判定して、その後の治療方針を決定します。薬物による治療は、いったん改善しても再発の危険が高く、結局薬がやめられなくなる人がいますが、CBTによって改善した場合は、再発率がかなり低くなります。
発作の記録表をつける。発作が起きやすい状況や頻度を確認する。
思考記録表をつける。破局的認知など認知の歪みを点検する。
発作または予期不安のため出来なくなっている行動を具体的にあげる。
③であげた行動のうち、難易度や意欲を考慮してターゲットとなる課題を決める。
課題達成のための方法を医師と相談する。
実際にやってみる。
結果について医師と検討する。
最後に・・・
いままで苦しい思いをしてこられた患者さんは、ほんとうに辛い日々であっただろうと思います。これまで治療を受けてきたのによくならなかった方は医師や医療に不信感をお持ちになっても仕方がないとも思います。しかも、辛いにもかかわらず、周囲の理解が得られず孤立してしまった方もいらっしゃるでしょう。しかし、パニック障害の治療が日本で大きく進歩したのはここ数年のことなのです。今までうまくいかなかった方も改善する見込みはかなりあるはずです。もう一度、治療を仕切りなおししましょう。
最後に、この治療の本質的な特徴についてお伝えしなければなりません。この治療には患者さんの積極的な参加が必要です。もうお分かりの通り、治療の本質的な部分は日常生活の中で患者さん自身によって行われます。これをホームワークといいます。患者さんはホームワークを、嫌々やらされるのではなく、自分の治療のために進んでやらなければなりません。特に難治性の場合、ホームワークをやらなければ改善は期待できません。この点で、患者さんにも治療の成否に対して責任を分担していただきます。これは、道徳的な要請ではありません。ただ単に治療上の必要性からのことなのです。