印象に残ったケース
私は「うつ病」という診断を非常に狭くとる医者です。DSMの大うつ病エピソードを一見満たしていても、「食事がおいしい」とか「もしも今の環境を変えることができれば、〇〇する自信がある」とか「自分のセールスポイントそれ自体は失われていない」とか言うケースでは「うつ病」と診断することにかなり慎重になります。ただし、その場合でも症状の重さに応じて抗うつ薬は使用しますが。
なぜ、こんなことを書いているかと言うと、以前ちょっと診断に迷った「うつ病」患者を経験したからです。
その人は50代の男性で、職場には明らかな誘因はなく、家庭には大きなストレス因がありました。妻との関係がずっと悪いと言うのです。理由は?との私の質問に「自分の浮気です」とあっさり語る初老の男性。しかも、そのバレた浮気は数年前で、今は別の女性と2度目?の浮気をしているとのこと。私は違和感を覚えました。「秩序を重んじ、組織や家庭との一体感を優先する.」という「うつ病」のタイプから外れているように感じたからです。それでも、過去に軽躁状態と思われるエピソードもありませんし、症侯学的には「うつ病」なので仕方ありません。診断基準には「浮気している者は除く」なんてありませんから。
結局、抗うつ薬の治療で比較的順調に回復しました。私がやはり「うつ病」で良かったと確認できたのは、自宅とクリニックは比較的遠方であったのに予約通りにきちんと通院してくれたことと、何よりも、復職訓練として指示した図書館模擬出勤などを真面目にこなし、生活記録表も几帳面な字でしっかり記入してくれた彼の律義さ・几帳面さ(ある種の強迫性)からです。
先日、ある先生の講演を聞き、現代型うつ病(流行りの新型うつではありません)という概念を再確認できました。うつ病患者さんの「強迫性を伴う組織への一体化願望」を現代の会社は抱えることができなくなったために、職場では強迫的に仕事をこなすことをあえて避けて、私生活では強迫性を示すというタイプで、軽傷ではあるが内因性うつ病、なんだそうです。上の患者さんも、家庭では「うつ病」患者らしからぬ夫ですが、おそらく職場・仲間内・浮気相手の前?では「うつ病」患者さんらしさを保っているのだろうなと推察されます。夫婦間に何があったのかは知りませんが、彼の奥さんは彼の「一体化願望」を抱えられなった人なのかもしれませんね。決して、浮気を肯定している訳ではありませんので、念のため。