クリニック通信

うつ病

 うつ病は比較的頻度の高い疾患で、誰でもかかる可能性があります。WHOによると、2030年にはうつ病が世界でもっとも経済的損失を与える疾患になると予想されています。

 うつ病は社会的に広く認知されるようになって来ましたが、その一方でいろいろな誤解が多い疾患にもなってしまったように思われます。そこで、質問形式でうつ病についてまとめてみます。

 うつ病でみられる気分の落ち込みは、普通の人の落ち込みと違うのか?

うつ病でみられる気分の落ち込みは、専門用語では抑うつ気分といいます。これは以前には「理由がないか、または一見理由に見えることから説明しきれない」気分の落ち込みと考えられていました。これを専門的に了解不能といいます。要するに、うつ病者の落ち込みは正常心理の延長線上にはなく、普通の人が嫌なことがあって落ち込むのとは質的に違うと考えられていたわけです。しかし、その後の調査研究によって、うつ病の抑うつ気分と正常な落ち込みを「質的」に区別することは困難なのではないかと考えられるようになっています。現在の診断基準では理由があろうとなかろうと、はっきりとした気分の落ち込みがほぼ1日中、2週間以上続けば、うつ病の第一条件を満たすことになっています。質よりも「量的」な区別と言えましょう。この基準を厳密に適応すれば、普通の人の単なる落ち込みはかなり除外できると思われます。それでも、私個人は多くの患者さんを観察した結果、うつ病の抑うつ気分は「正常心理の延長では理解できない」という古典的な立場です。このあたりのことはややこしい議論になってしまうためここでは述べません。

 

 職場のストレスが原因でうつ病になるという表現は正しいのか?

 答えをいってしまうとNOです。うつ病自体は原因不明の疾患であり、唯一絶対の原因が証明されているわけではありません。現在の仮説では、うつ病は複数の要因が重ねあって起きると考えられています。とすると、うつ病が労災認定されたという場合は何を意味するのか疑問になるかもしれません。労災認定は、労働者を守るための制度で、純粋な医学的考え方とは多少異なっています。労災認定では「ストレス脆弱性モデル」という考え方が採用されています。本人側の要因が大きければ小さなストレスでも発症してしまう一方、本人側の要因が小さければ大きなストレスがかからない限り発症しないということです。非常にシンプルで説得力のある考え方ですが、それでは「個人の要因」「環境的ストレスの要因」というものをきちんと評価できるのかというと、そこはあいまいなのです。おそらく大多数の人が同じようなストレスがかかれば精神的な不調になったであろうと「社会常識的に納得が出来る」という文脈があるかが労災認定では重要な訳です。医学的には、ストレスはうつ病発症の一つのきっかけとはなりますが、原因とは言えないのです。

 

うつ病の薬物治療は、良くなってからも薬をすぐに止めてはいけないのはなぜか?

 簡単に言ってしまえば、良くなってすぐに薬を止めると再発率が高いことが分かっているからです。最新の研究では、症状がなくなったと思われる時期でも、ある課題を与えられたときの脳機能を調べると正常者とは異なった活動であることが判明しています。これは自覚できないし、客観的な行動にも現れないということです。この脳活動が正常に戻る前に薬を止めると、回復が不完全なために再発しやすくなるというわけです。それでは、どのくらい期間薬を続ければいいのか。正直に言うと、これという決め手はないのが現状です。そもそも初発か2回目以降なのかでも大きく異なりますし、再発した際の症状の重さなども検討しなければいけません。軽度の睡眠障害が残存している場合などは、本当に症状がなくなったと判断していいのか、なども分かっていません。多くの医師は半年から9ヶ月くらいの維持療法が適切と考えているようです。

 

新型うつ病ってうつ病の一種なの?

 違います。まず「新型うつ病」という造語は医学的な用語ではなく、マスコミが作り上げたものです。「若年者などある種の人格未熟性の上に、職場でのストレスに反応して、自らうつ病であると吹聴し、労働義務を逃れようとする一方で、職場を離れると元気なもの」というような意味で使われているようです。職場を離れると元気、という時点でうつ病の基準を満たしていないことが明らかです。実は、一見新型うつ病のように見える疾患はいろいろあります。パーソナリティや発達に問題がある人の適応障害、双極性障害などです。このようなケースを新型うつ病と雑にまとめてしまうことは全く意味がなく、ケース対応をこじらせるだけであると考えます。

日本橋メンタルクリニック

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