不安障害と行動療法のコツ
不安反応
人は、ある状況について「危険かもしれない」と認識したときに、脳から体全体かけて自動的に不安反応が引き起こされる。不安反応とは、起こりうる危機に対応するための闘争・逃走のための準備状態を作り出すことを目的としている。そのために、自律神経のうちの交感神経が活発になり、動悸・息苦しさ・赤面・声や手の振え・冷や汗などが出現する。この反応は「危機」を乗り越えるための原始的な警報反応であり、「危機」が本物であれば、生存に適した反応である。また、警報なので不愉快ではあるが、基本的に無害なものである。
不安障害という病気
何らかの原因で、ある種の状況に対して、その脅威を過剰評価してしまう結果、引き起こされる不安反応と「思考」「行動」に悪循環が形成されたものを不安障害という。
単純な不安障害には「単一恐怖」と呼ばれる疾患がある。例えば、高い所が怖い「高所恐怖」がそれにあたる。高所恐怖の患者は、実際には危険がほとんどないような高所でも「危険な状況」と認識してしまう。これは心でそう思うというよりは、脳が勝手に認識してしまう「条件反射」に近い。だから、理屈では「危険はない」と理解していても、脳が勝手に「危険だ」と認識して不安反応を生じてしまうので、患者は「コントロールできない感覚」を持ってしまう。その「コントロールできない感覚」が患者をより不安にする。コントロールできないことは「どうなるか分からない」「自分は対処できない」ということだから当然である。すると、患者(の脳)は「高所でコントロール不能な不安反応に襲われて、自分にはどうすることも出来ない」と学習してしまうので、患者は高所を回避するようになる。回避することで「高所は危険」という脅威に対する過剰評価が是正される機会を失う。さらに、患者(の脳)は回避して助かったという学習を自動的にしてしまうので、回避できない状況での不安反応はより強くなってしまう。その結果、「高所は危険」という過剰評価はますます強化されて・・・。あとは悪循環である。患者がどんなに理性的に「高いだけで危険などない」と自分に言い聞かせても、脳の学習には全く効果がない。脳の学習を書き換えることができるのは、現実の体験だけだからである。つまり、行動療法が必要なのである。
行動療法のコツ
先ほどの高所恐怖の患者を例にとると、①高所を避けずに体験して、②現実には脅威はないことを、③「脳」に学習させる、④それを繰り返すことで、⑤不必要な不安反応の出現が抑制される、ということである。一つずつ解説したい。
①高所を避けない:患者の脳は「高所は危険」と学習しているので、避けずに暴露しようとすれば、必ず不安反応が起こる。患者はこのことを十分に理解する必要がある。要するに、少なくとも暴露を始める初期には、不安反応を避けられないということである。患者が恐れている不安反応が起こるわけだから、誰も好き好んでそんなことをやろうとはしない。だから、このプロセスが治療上不可欠なことを十分に納得してもらうことが必要である。また、初期は不安反応を薬物で適度に抑えてあげることも有用である。ただし、不安反応を薬物で完全に抑えることは不可能だし、無理にやろうとすれば患者は薬漬けになる。不安反応をある程度は体験しつつ、それが無害であることを脳に学習さえるためには、ある程度の不安反応は体験してもらわなければならない。薬で不安反応を抑えることを治療の目的と勘違いしてしまうと、脳の学習の書き換えは絶対に起こらなくなり、患者は永遠に治らなくなる。
②現実には脅威はない:しっかりと安全性が確保されていれば、高い所も危険ではない。避けずに安全な高所に登り、不安反応が引き起こされても、それは当然なことだと理解していれば、逆説的に状況をコントロールしていることになる。「不安反応そのものはコントロールできない」という枠組みで状況全体はコントロールしているからだ。時間が経てば必ず不安反応は落ち着いていく。
③「脳」に学習させる:実体験で高所での不安反応は何ら有害な結果をもたらさず、時間とともに消えていくことを体験すれば、脳の学習が上書きされる。
④同じことを繰り返し練習すると、学習効果は上がっていく。当然のことだ。
⑤脳が「高い所でも安全性が確保されていれば、危険ではない」と学習できれば、高所に対する脅威の過剰評価はなくなり、その結果、余計な不安反応は勝手に治まる。